July 28, 2005

帰還までがミッションです。

7.28.jpgこのNASAの発言には驚いた。
何はなくとも、7人のクルー全員が
無事に帰ってくることを祈りたい。
スペースシャトルの打ち上げといえば、
ぼくがいつかこの眼で見たいもののひとつ。
いつまでも憧れの対象であって欲しいと願うばかり。

このところ、公私ともにバタバタとした日が続き、
そこへきて今週末には引越し(←リアルに転居を指す)ときたもんだ。
新居でのネット環境が整うまでの間、
ぼく 580 とここ uni. も「行ってきます」状態なのである。

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 July 17, 2005

宇宙戦争

7.17.jpg何といっても恐ろしさが際立つ作品。
映画を観てあんなに怖いと思ったことは初めてだ。
いろいろと腑に落ちない点はあるし、
ラストは腰砕けの感も大きいが、
あれだけの絶望感を映画を通して味わったことはない。
*以下、未見の方は要注意!*

人間の尊厳など意味を持たず、「なぜ死ななければならないのか?」を問う間もなく蹂躙されていく命。
さらには人の体から抜かれた血液が、液肥同然に地上に撒かれていく。
計画的な大量殺戮、人体の再利用。
ナチス・ドイツのホロコーストと同じことが、宇宙からの侵略者によって繰り返されていた。
残虐かつあまりにも無慈悲な侵略者の行為を、人はかつて自らの手で行っていたのだ。

物語は、戦時下における市民の逃亡劇を描写することに徹している。
よくあるSF大作に求められるようなヒロイズムやカタルシスは、本作では皆無に等しい。

得体の知れない恐怖、そしてひとりの人間としての無力感。
レイは、自分たち家族が置かれた状況をどれほど呪ったことだろう。
結果的に子供たちを守る役目こそ果たせたものの、
息子を死地に放った事実、人を殺めたことによる自責の念は、
彼の一生に暗い影を落とすものとなるはずだ。

劇中で描かれた異星人による破壊と殺戮は、街の聖堂が崩れ落ちる場面から始まった。
そして、どれだけの命が踏みにじられようと、奇蹟など起こりはしなかった。
それでも最後に人類を救ったのは、神が創り賜うた自然そのものだったのだが…。

この作品のキャッチコピーは、「人類最後の戦争は、人類が起こしたものではない」。
しかし、未曾有の危機を経てもなお、世界人類的な意識の変容は成し遂げられなかった。
作中の人類は、互いに手を取り合うことで侵略者に対する勝利を手にしたのではないのだ。
世界には依然として、さまざまな格差や相互の不理解が存在し続けるに違いない。
理性のタガがどれだけ緩いものであるかということを自戒しなければ、
あの戦いを「最後の戦争」にすることなど、とても叶わない。
クライマックスシーン。シールドを失ったトライポッドへの反撃時、
レイチェルは爆音の中で生き残ったすべての人に代わって「もう嫌だ!」とでも言うように、
ありったけの声で言葉にならない叫びを挙げ続けた。
その戦争への嫌悪感を、人々はいつまでも胸に刻み付けておくことができるだろうか?

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 July 16, 2005

高橋名人オフィシャルサイト

7.16.jpgその名も16SHOT
連射でスイカを割るローダーFLASH、
クリック時のカーソルの動き、
"PLAYING 1 HOUR A DAY?"のフレーズなど、
ツボを押さえまくった作りが最高。
あの名人ブームから、早や20年かぁ。

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 July 13, 2005

上書きすべきだ

7.13.jpgこの歳にもなると、脳内音楽プレーヤー
(もちろんシャッフル再生)にも
いろんな曲が蓄積されているものである。
その脳内プレーヤー、移動中や勤務時間にも
あれこれと曲を流してくれはするものの、
再生停止が利かずにウンザリする時も。

この数日間のパワープレイ・ナンバーは、『私・湘南マタンゴ娘』。

元気が出るテレビである。
しかし、これほどまでにトホホ感にまみれた曲では、
出る元気もあったものではない。

歌詞までしっかり憶えているのだから、ゲンナリ具合にも拍車がかかる。
「あなたの気持ちを 確かめたくて 溺れたふりして 塩水飲んだ
アアア 波まかせ 寄ってくるのはクラゲだけ(クラゲ クラゲ クラゲ)」

梅雨のさなかに、これはうなだれる。

先日までのパワープレイは、やまだかつてないWINKの
『さよならだけどさよならじゃない』だった
(あの番組、ほとんどまともに見てなかったのに何で…)。
大泉逸郎の『孫』が、断片的にリフレインする日もあった。

アッ! 他人の脳内プレーヤーが聴けたら、結構面白いんじゃないか?
ふとそんなことを思って、気を紛らせてみたり。

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 July 07, 2005

じゃがちゃんドロップス

7.7.jpg長崎県南部・島原半島。
ドライブコースによし、
温泉巡りもよし、
おまけにおいしいものもたくさん。
そこはまさに、大地の恵みの宝庫、
といったカンジの土地である。

特にじゃがいもの生産量に関しては、北海道に次いで国内第2位!
そんなじゃがいもキングダム・島原だが、
とりわけココの「じゃがちゃん」(リンク先中段あたり)は、
30年以上の長きにわたって県民に親しまれている名物。

…が、さすがにこの「じゃがちゃんドロップス」を見つけた時は、
目を疑わずにはいられなかった。
さっそく、代金270円を払って購入しないわけにはいかなかったぼくだよ。

懐かしのサクマドロップスを彷彿とさせる缶に入った形で販売されていて、ラベルシールにはこうある。

「じゃがちゃんドロップス
長崎はじめ物語
新鮮じゃがいもの香ばしいドロップ」

“はじめ物語”ってナニ?
ドロップというお菓子に、ぼくは香ばしさを求めたりはしませんが?

そしてその下には「新鮮じゃがいも入り」と、畳みかけるように「じゃが」の3文字が
(原材料名を見ると「砂糖・水飴・ポテト・香料・ベニバナ黄色素」となっていて、
そこではなぜか「ポテト」と表示…)。

さて、気になるその味だが…。
まぁ、何というか、1個舐めきることは断念させてもらった次第(ぼくって正直。テヘッ♡)。

会社に持って行き、ひとりにつき2個をノルマに配って回った。
以下、同僚のコメント。
「青臭い」
「表面がザラザラしてて○×□△」
「甘いんだか苦いんだか分からない」
「セールスの電話もなくて安心でした」
「あんなに痛かった膝が、今ではすっかり楽になりました」
(一部に誤った記載アリ)
ちなみに、2個を舐め抜いた猛者はたったの1名(女性)。

いずれにせよ、話題のタネになることだけは確実。
島原のどこかでコイツに出会ったら、迷わずゲット。
お兄さんとの約束だ!

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 July 05, 2005

スローダンスゥ?

7.5.jpg昨日から、大好きな深津ちゃんの連ドラが
始まったっていうじゃないか。
スローダンスだって?
妻夫木聡とのあんなシーンとかあるんだろ?
メッチャ悔しいから絶対見てやんないからなー!
コンチキショーッ!! グスン…。

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 July 04, 2005

Technorati JAPAN

7.4.giflomoさんのcaramel*vanillaから、
ハイエナのように嗅ぎ漁ってきたネタ。
新手のブログ検索エンジン・テクノラティ。
登録の際に、エントリーを立てさせて
自サイトの存在証明を迫るという、
豪気なサービス・テクノラティ。

テクノラティプロフィール

いろいろと活用の幅もありそうだな、テクノラティ。
エントリー立てたついでに連呼してみる、テクノラティ。
今日はこれくらいにしといてやるぜ、テクノラティ。

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 July 03, 2005

長崎県美術館・2

7.3.jpg4月にオープンしたばかりの長崎県美術館で、
「ネットワーキングアートの未来」partⅡが開催。
今回のパネリストは、中谷日出氏(デジスタの)と
土佐信道氏(明和電機の)。
前回のpartⅠに続いて、今回も入場無料。
ありがたや、ありがたや。

会場に現れた土佐氏は、なんとTシャツにチノパンの出で立ち!
話によると、東京から衣装や機材を某ヤ○ト便で長崎まで送ったものの、
大雨のために荷物が岡山で足止めを食らってしまったらしい。
「明和電機15年の歴史で、制服姿以外で人前に出るなんて初めてのことです」
なんて言って、ヒジョーにやりにくそうだったのがおかしかった。
当然、パチモクをはじめとした製品のデモンストレーションもお預け。
まぁ、相手がお天道サマだけにこればかりはしょうがない。

中谷氏のプレゼンテーションは、デジスタ絡みで海外から拾ってきたネタがメイン
(氏は、今日の準備のために内容を練ったノートのコピーを来場者に配布してくれた)。
「コンピュータ・テクノロジーが表現の裾野を広げたのは確かだが、
技術畑の人間がアート界を牽引するようではいけない。
表現者が技術者にインスピレーションを与えられるようにならなくては」。
そうした発言は、まさに氏らしかった。

土佐氏によれば
「日本は遊びとカラクリの面白さを古くから理解している国」で、
「ヨーロッパのアート・フェスなんかに行けば分かることだけど、日本のアートは方向性が明るい」のだとか。
「作業着の下にネクタイを締めて変な自作楽器で何かをやるというパフォーマンスは、
海外の目には新鮮に映るのかどこに行ってもウケる」と、
日本人クサさを前面に出すことが評価される要因になっていると語ってくれた。

この「ネットワーキングアートの未来」というシンポジウム、まだまだ回を重ねてくれそうなので、これから先も楽しみ。

そうそう。
魚コードストラップを買ったら土佐氏からサインがもらえて、今もちょっとホクホク顔だったり。

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 July 02, 2005

STAR WARS -EPISODEⅢ-

7.2.jpgスターウォーズ・シリーズを観て感じるのは、
“運命”を背負って生きることの苦しさや悲しさ。
EPⅠ~Ⅲは、特にそうした運命観が濃く見てとれる。
父親なくして生を受けたアナキンは、
人としてその生を全うすることは
許されない運命だったのだろうか。

母一人子一人の環境で生まれ育ち、
幼い頃から母親を守る役目を自覚してきた彼ならば、
常に大きな力を手に入れることを求めたのは当然なのかも知れない。
しかし、たとえ誰かを守るための力であったとしても、
それが周囲に脅威を与えるほどのものになったとすれば、
自ら身の置き所を失っていく羽目になる。

夢が彼に垣間見せた未来は、愛する者の危機ではなく、彼自身の行く末。
そして、暗黒卿として闇に身を沈め、人であることに決別した瞬間─
それは、銀河の遠いどこかでか細い希望の光が灯った時でもあった。

ジェダイからシスへの転落。
それは、我が子らに“善い心”だけを受け継がせるべく
内なる邪悪を一身に背負った、親としての自己犠牲行為。
図らずも、人を捨てたその時こそが、アナキンが最も人間らしかった一瞬だった。

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