August 09, 2006

わたしを離さないで / カズオ・イシグロ

8.9.jpg何のために生きているのか?
この誰もが抱く疑問に対し、
明確な答えが与えられたことはない。
しかし、きっとそれでよいのだ。
その答えが明らかにされた瞬間から、
人の生は意味も輝きも失ってしまうだろうから。

登場人物が大勢いるにも関わらず、その相貌について語られる場面はほとんどない。
主人公・キャシーの顔ですら、最後まで靄にかかったかのよう。
しかし逆にそれによって、彼らの存在そのものの特異性は際立ってくる。

夢を叶えるためにでもなく、ましてや子を育むためにでもなく、
ただ見知らぬ他人の未来のためにだけ、生き永らえることを許された集団。

本当に愛されたことがないから、本当に愛しているのかが分からない。
セックスに対する彼らの執着は、愛が何に結実するかを想い描けないがゆえの反動なのだろうか。

互いを結び付けている感情が愛であると信じたいからこそ、
それを誰かに証明して欲しいという思いに駆られるもの。
認めれた結果として得られる対価が、一時しのぎの猶予期間に過ぎないとしても。

この作品を景色にたとえるとすれば、それは低く垂れ込める雲に覆われた鈍色の空。
色彩感覚をあえて排したかのような描写に、読み手の心象風景からも色味が失せていってしまう。
そして、体温までもが冷めていくような感覚に襲われる。

キャシーの顔がようやく涙で覆われた時、ぼくの心にはなぜか安堵が訪れた。
それでも空にはいっそう暗雲が広がり、言い知れぬ肌寒さを残して物語は終幕を迎えた。

人間すべてに共通する状況下にクローン人間を描くことで、自分と異なる人たちの話だと思って読むうち、これは自分自身に当てはまる話なんだと気づいてほしかった
人の一生は私たちが思っているよりずっと短く、限られた短い時間の中で愛や友情について学ばなければならない。いつ終わるかも知れない時間の中でいかに経験するか。このテーマは、私の小説の根幹に一貫して流れています

[ via: 本よみうり堂 出版トピック 『わたしを離さないで』刊行 カズオ・イシグロ氏

August 9, 2006 01:16 PM

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