September 21, 2006

ネクタイ

9.21.jpgあれは、高校を卒業して迎えた春。
大学進学のために上京するぼくの荷物の中には、
入学式のために買ってもらった初めてのスーツがあった。
ところがそのスーツときたら、
飛行機に乗り込んだり電車の中で揉まれたりで、
東京に着いた頃にはすでにしわくちゃ。
で、アパートの近くにあったクリーニング店に出した。
ちゃんと、入学式前日に仕上がることを確認して。

しかーし! いざ引き取りに行ったら「ネクタイだけがまだ……」と店の人。
フランチャイズのクリーニング店だったこともあり、作業はすべてよその工場で行われていて現物もない状態。

エェ~ッ! 「まだ……」って、明日ないとお話にならないんだけど!?
時計の針は19:30を指していた。どこかに買いに行くにも、もうアウトな時間帯。
「どうする、オレ! どうする!!(オダギリ調で、と言いたいところだが、むしろひとり調で)」

半ば途方に暮れつつ、近場にネクタイを入手できそうな店を探した。
とそこに、ちょっと堅そうなテーラーが目に入った。
「う~ん……。テーラーって、オーダーメードだよなぁ。既製品を小売してるわけじゃないんだよなぁ……」

いんや! グズグズ迷ってても仕方ねぇだ。ここはとりあえず飛び込んでみるだ!! んだ、んだ。

店に入ってみた。そこには、初老の優しそうな女性がいた。
「あの、ネクタイって置いてますか?」
「ネクタイ? どうしたの?」
閉店間際になって“紳士の装い”なんてものから縁遠そうな若い客が来たことに、
事情がありそうな気配を読み取ったんだろう。

かくかくしかじかと状況を説明すると、「ちょっと待ってて」と言って店の奥から旦那さんを呼んだ。
頑固そうな旦那さんが出て来て、怪訝そうにぼくを見た。
奥さんから話を聞くと、開口一番「うちは出来合いを置いてるんじゃないんでねぇ」
「そうですよねぇ……」とぼく。
しばし沈黙があった後、その人はこう言った。
「母さん、アイツがもうしなくなったヤツがあるだろ。何本か持って来い」

え!? 予想外の展開になった。
聞けば、その夫婦にはすでに独り立ちした息子さんがいて、
タンスの奥に置き土産同然のネクタイがあるから、その中から見繕ってくれるとのこと。
「スーツの色はどんなだい?」「ちょっと首周りを測っていいかい?」
そんなこんなの後、ぼくの前に1本のネクタイが差し出された。
「えと、いくらですか?」
「おいおい、こんなんでお金が取れると思うかい? 持ってっていいよ」と旦那さん。
奥さんは「そうだねぇ。出世払いってとこかねぇ」なんて言って笑ってた。

「ありがとうございました」と何回も頭を下げて店を出た。
翌日、ぼくはちょっと古臭い柄のネクタイを締めて、なんとか無事に入学式を終えることができた。

その店には、夏休みになって長崎に帰省した後で、福砂屋のカステラを提げて改めてお礼に行った。

もう顔も忘れてしまったけど、いい思い出をくれた旦那さんと奥さん。
ふたりとも元気にしてるかなぁ。

September 21, 2006 12:11 AM

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