April 02, 2007
『NiGHTS』がWiiに!
思ってもみなかったニュース。
つーか、素直にうれしいのでエントリー立ててみたり。
冬発売かぁ。いよいよWiiを買っちゃうかも。
遠慮せずに、メッチャ面白いNiGHTSにしちゃって!
January 25, 2007
ベルセルク無双
……なんてステキゲームの発売予定はないけれども、
個人的には『ガンダム無双』よりもソソる。
「ドシャアアア」とか、擬音も画面に表示されたりして。
もし実現したら、PS3本体ごと買ってしまいかねない。
あ~あ。ベルセルクって絶対に
無双シリーズに向いてるんだけどなぁ。
さて、コレといって食指が動くゲームがないせいで、
今のところPS3もWiiも購入予定はないけれど、
そうはいってもPS3については「コレ出されたらヤバイ!」っていうタイトルが
リリースされる未来が見えているのが、怖いというか何というか。
ICOチームって、どんなのつくってんのかなぁ。
いまだ何の情報もないものの、今やSCEの虎の子とも言える開発部隊だけに、
後頭部を鈍器でガツン!ってな感じ(「すごいインパクト」って言いたいらしい)の一本を
いきなり発表してくるのは間違いないワケで。
『ICO』といい『ワンダと巨像』といい、あの感情の揺さぶられ方って、何なんだろう?
小説でも映画でも味わえない“アレ”というのは、
“経験”に限りなく等しいレベルのものを与えてくれている気がする。
残念なのは、やっぱり小説でも映画でもなくてゲームであるがために、
こちらがプラットフォームを用意しないことには
あの世界の空気にも触れられないということなんだけど……。
価格性能比を含めて考えても、ゲームマシンが59,800円っていうのは、
オールドゲーマーにはナンセンスな現状なんだよね。
January 19, 2007
DS救済策、とかこつけて……
「あたしのこと、忘れたの?」と言わんばかりに
DSが部屋の片隅でホコリかぶってたもんで、
『世界樹の迷宮』を買って帰る。
まだほんのさわりの部分しか遊んでないけど、
ユーザーを過保護にしない設計に、
遊び応えありそうな感じがヒシヒシと。
適度な突き放され具合が、ニンとカンともワクワク感をそそるな。ニンニン。
今のところ相手にした敵はといえば、モグラやらチョウやらのネイチャーな面々。
NHK教育に浸かって育ったぼくの目にはむしろトモダチとして映るも、
うっかり初期状態で出かけたせいでそいつらにさえ手を焼いて、そそくさと退散。
今に見ていろ、モグラめ! チョウめ!!
音楽が古代祐三っていうのも、往年のセガファンにはグッとくるものがあり。
『ベアナックル』シリーズとか、懐かしいなぁ。
「遊び応え」といえばPS2の『シャイニング・フォース イクサ』も気にはなるけれど、
据え置き型ハードで腰を据えてゲーム、ってのがいささかしんどいお年頃……。
September 15, 2006
Wii という名の "Revolution"
いよいよ価格と発売日が明らかになった任天堂 Wii。
ローンチ・タイトルも発表され(中にはゼルダの名も)、
次世代機戦争が本格化しようとしている。
Wii Preview とその後の質問会での
岩田・宮本両氏の発言が興味深かったので、
ピックアップさせてもらった。
DSであれば持ち歩いているものを見せることで、普段ゲームに注意を払っていない人にもアピールできたのだが、それがWiiには通用しない。DSが売れたからといって、それがWiiの普及を保証するものではない。
Wiiは1世帯あたりのユーザー数をいかに増やしていくかを考え抜いた。それに直結しているのが、今まで明らかにしてきた――“家族の誰にも敵視されない”、“年齢、性別、ゲーム経験の有無を問わない”、“家族全員にとって自分の関係する存在になる”、“毎日電源を入れてもらう”というコンセプトにほかならない。
Virtual Consoleは、どんなに売れても売り切れない、在庫切れがないなど、ロングテールの需要を顕在化させる仕組みとなる
「家族とゲーム機の関係を変える」、「テレビとゲーム機の関係を変える」、「インターネットとテレビの関係を変える」[ via: Wiiのある新しい生活を提案――任天堂「Wii Preview」 ]
“遊び”については、いろいろな考えを持つユーザーがいる、ということがニンテンドーDSに携わる中で社内的に浸透してきた。
多彩なものが社内で認められるようになってきたので、クリエーター自体にいろんなチャンスが生まれている状態だ。
わたしたちが戦っているのはライバルメーカーではなく、ユーザーの無関心だ。ユーザーがWiiに触って納得してくれて、「Wiiに触ったらおもしろかった」とほかの人にどんどん伝えていくような“循環”が起きないと、多分Wiiによるゲーム人口の拡大はできない。我々はユーザーの無関心と戦っているため、ライバルメーカーとの戦いに意識が行っていない。
開発の敷居をいかに下げるかということは重要だ。たとえば、開発キットは20万円程度で販売できるようにしようと考えている。これまで次世代ゲームの開発環境は何百万という価格だった。それに比べると法外に安い。なぜかというと、第1のユーザーである開発者が負担なくゲームを作れるようにしたいと言うことを意識しているからだ。これはWiiでもニンテンドーDSでも同じだが、新しい要素技術が登場したら幅広く公開していく。たとえばニンテンドーDSだと、手書き認識や音声認識や音声合成と言った技術は、我々がすぐに使えるように用意してきたのだが、これも開発会社が使えるように、なるべく負担が少なくなるように努力する。以前は門外不出であった宮本のノウハウもどんどん出すように企画している。
我々はどうしたらゲームをプレイしてもらえるかを考えてきただけだ。ビデオゲームという、これまで積み重ねられてきた、人間がコンピュータに何かを入れると、コンピュータから何らかの反応が返ってくるのがおもしろい、という存在。その中で、ハードとソフトを一体にして作って、世界一おもしろいものを作ることができる会社でありたいと思っているのが任天堂だ。[ via: 戦っているのは“ユーザーの無関心”――岩田社長と宮本専務との一問一答 ]
September 04, 2006
DS Lite デビュー
予約していたジェットブラックカラーが、
ちゃんと発売日に買えてひと安心。
同時購入したソフトは『ファイナルファンタジー3』
(しかも、新品が売り切れだったので中古)。
FF3って昔やったもんだとばかり思ってたけど、
何にも憶えてないせいで新鮮な感覚で遊べてたり。
本体のデザインそのものは大好きなんだけど、
「指紋上等!」な表面のグロス加工は、個人的には「う~ん……」な感じ。
クリスタルホワイトだったら目立たないのかなぁ?
あと、ゲームをプレイしてると、内側右下のカドっこが親指の付け根に食い込んでくる。
コレがなにげに痛かったりする今日この頃。じっと手を見る。
あ、ケース買わないとな、ウン。
September 01, 2006
龍が如く2
ウワサされていた『龍が如く』の続編が、
いよいよ正式発表に!
(といっても、昨日のコトなんだけど……)
続編のリリ-スがこんなにも待ち遠しいなんて、
一体どれくらいぶりのことだろう?
今から発売が楽しみだな~。
桐生ちゃん続投っていうのは、個人的には意外だった。
関東の龍 vs. 関西の龍かぁ。燃えるシチュエーションづくりだなぁ。
伊達サンもいるみたいだし、いよいよ神室町が恋しくなってきた。
同伴にアフター!? こりゃあ、キャバクラ通い(※ゲーム内のみ)にも熱が入るね。
がんばれ、SEGA! がんばれ、名越プロデューサー(ほか大勢)!!
それにしても映画版、真島の兄さん役が岸谷五郎とは!
何かイイぞ、そのキャスティング(笑)
July 11, 2006
アーサー空白の15年間を語る
アーケード版『魔界村』のリリース当時は、
グラフィックの美しさと難易度の高さとに
それはそれは驚かされたものだった(しみじみ)。
ファミコンに移植されてもその難しさは健在で、
「こんなんクリアできるかぁーっ!」と叫びながら、
何度もコントローラーを床に叩き付けた記憶が……。
そんな激ムズシリーズの最新作『極魔界村』が、PSPでリリース。
↓のFlashはそのプロモーションの一環。
ブログに好きに貼り付けてよしとのことで、ウチにもペタリ。
あの鎧って、段ボールだったんだねぇ……。
あっ、そういやぼく、PSP持ってないや。
June 25, 2006
ソニック生誕15周年
セガの看板キャラ・ソニックも、誕生から早や15年。
でも正直、記念グッズはどれもイマイチな気が……。
せめて、コレくらいの気合いが欲しかったトコロ。
ソニックチームが手がけたタイトルでは、
『NiGHTS』が一番素晴らしかったと今でも思う。
このまま忘れられていくのは寂しいなぁ。
May 29, 2006
ファイナルファンタジー XII
投げ出したい思いにとらわれるその都度、
「この先に行けば、きっと何かあるはずだ
(仮にもこれはFFなのだから)」と自らに言い聞かせ、
90時間以上を費やしながらようやくプレイ終了。
…何もなかった。本当に何も。
クリア後の今、スクウェア・エニックスという業界の雄が
『ファイナルファンタジー』の名を冠してこれを発売したことが、
ただただ信じられない。
RPGであるにもかかわらず、ストーリーはきわめて貧弱。
ヒロイック性が決定的に欠落しているため、気持ちが始終高揚しない。
ことあるごとに≪戦争≫という語を持ち出そうにも、それによってドラマティックな空気がもたらされることはなく、
プレイヤーにとってはいつまでたっても対岸の火事。
なぜその戦争が起こった(あるいは起ころうとしている)のかがまったく理解できず、
それに歯止めをかけるのだという使命感が湧かない(=プレイを継続させるだけの動機付けが不足している)。
世界観的肉付けも不十分なまま、ただ便宜的に交わされるだけの「破魔石」や「オキューリア」といった固有名詞群は、
小道具としての役割も果たせずプレイヤーを置き去りにするばかり。
それゆえ、無表情にそれらを受け入れてしまうキャラクター(特に主人公)にも、一切の感情移入ができない。
「○○という土地に行って△△を取ってこい」の繰り返しは、確かにRPGらしい体裁を整えてはくれよう。
しかし、今さらそれを面白がれるほど、ゲームファンは未熟でも呑気でもなければ、寛容でもない。
さらに、そうしたクエストのひとつひとつにかなりの時間を取られるため、
“何の目的でここにいて何をやっているのか”がプレイの最中にも不鮮明になっていく。
そして、盛り上がりのない作業の連続に、渦巻く疑問はいつしか苦痛へと。
ラスボスですら、憎たらしくもなければ恐ろしくもない、ただわがままなだけの分からず屋。
行動原理はおろか存在意義すら測りかねる敵に対して「こいつを倒さねば!」という気など起こるはずはなく、
機械的に数値のやり取りを行っているうちに、緊張感のないバトルはいつの間にか終了した。
達成感・充実感ともにゼロ。残ったのは虚しさばかり。
収拾がつかなかったプロジェクトをどうにか売り物にするため、無理やり形にしただけの代物。
残念ながら、印象としてはその程度。
あらゆる要素がバラバラでまとまりがなく、総体としていびつでグロテスク。
何を楽しんだらよかったのだろう?
感動も驚きも、ましてや喜びさえも提供できないものが、果たしてエンターテインメントと呼べるだろうか。
以上、¥8,000以上の購入代金を支払ったことと、ひと通りのプレイに要した時間の対価として。
May 25, 2006
龍が如く(記憶倉庫整理)
系譜としては、古式ゆかしき“お使いゲー”。
ストーリー的には、超豪華な2時間ドラマ(≠映画)。
物語的なスケール感を追求して大風呂敷を広げ、
それを強引に畳んで終わった感じは否めない。
しかし、それでもなお「面白かった」と言わしめる、
そんな力強さが備わっていたのは確か。
ゲームのつくりを見れば、ひたすらに快楽主義を是認したものであるといえる。
バイオレンスが題材となっているために生じる殺伐とした空気を、
「ありえねー!」な場面の連続がニュートラルなものに中和してくれるおかげで、
シンプルなアクションゲーム然とした娯楽性に没頭できる。
今にあって、≪強くなる≫というただそれだけのことがこんなにも気持ちいいとは。
そして何よりも、豊富に用意されたサブイベント同士が絡み合い相互作用する
(ミッションAをクリアしたことが副次的にミッションBを引き起こすといった具合に)中で、
数々の脇役たちがスポットライトを浴びて輝きを放つシーンに居合わせるのが、これほどまでに楽しいとは。
これは「神室町」という架空の街全体が、巨大な舞台装置としての役割をしっかりと果たしている何よりの証。
「ゲームに飽いた人たちへ」と謳いつつも、オーソドックスなゲームの文法に忠実。
コワモテな見た目と違って、実はけっこう優等生だったりする。
全体的なまとまりにかけての抜け目なさは、さすがは名越氏プロデュース作である。
好セールスを受けて、続編の企画が進行中とのウワサ。
心待ちにしていたい。
May 15, 2006
ワンダと巨像(記憶倉庫整理)
約5ヶ月間ほど開店休業状態にあったこのサイト。
ゲームや本の感想なんかも放ったらかしだったので、
(ネタ切れ時に)思い出しながらまとめていくとしよう。
そんな記憶倉庫整理の第一回目は、『ワンダと巨像』。
…ってコレ、もうPS2 the Best シリーズで出るの?
じゃあ、その記念(?)というコトでひとつ。
「この地に棲むすべての巨像を倒せ」。
タブーを犯して禁断の地に足を踏み入れ、死んだ恋人を蘇らせたい一心で邪神との契約を結んだワンダ。
最愛の人を理不尽にも〈生贄〉という形で奪われた彼にしてみれば、これまで帰依してきた神こそが今や憎悪の対象。
その神の化身である巨像を倒すことで、望むべくもないものが手に入るのなら…。
〈生贄〉という語を現実に起こりうるさまざまな悲運に置き換えて考えると、
衝動的で浅薄な主人公の愚かさを笑うことができない。
ひとりの男の激しいエゴの代償として用意された結末は、業罰であると同時に救済とも受け取れるものだった。
その末路を目の当たりにした瞬間、
ぼく自身が子どもを授かったばかりだったという現実がモニター越しに物語とシンクロし、
切なさや驚きや安堵とがないまぜになった感情に同情心が加わって、自然と涙があふれてきた。
「バカなヤツだなぁ。だけど、同じ男としてお前の気持ち分かるよ」みたいなシンパシーを、彼に対して覚えたのだ。
幸福に満ちた幕切れなんて期待できるはずもなかった。
それでもワンダは結果として、彼女の愛を一身に受ける権利だけは手に入れることができた。
「魂の救済」なんて言葉を使うと鼻白んでしまうけれども、
神に立ち向かうという愚行の果てにせめてもの救いがあったことに、
誰に対するでもない感謝の気持ちが湧き上がってきた。
そしてエンディングの後、「よかったな」とそのバカなヤツに向かって心の中で呟いた。
ちなみに、奥サマに「自分がこの恋人だったとして、こういう男の行動ってどう思う?」と訊いたら、
「こんなコトして欲しいなんて思わない」という返事だった。
これが杉本彩なら、「もう最高! これこそ男の中の男だわ!!」ってなトコロかな?
October 31, 2005
ワンダと巨像
昨日までの5時間あまりで倒した巨像は5体。
まだ10体以上と戦う必要がありそう。
次に相見える巨像がどんな相手なのか、
その姿形すら想像できない。
どこにいるのか? どうやって倒すのか?
思っていた以上に、このプレイ感覚は新鮮。
愛する女性が息を吹き返すことだけを願い、
己が行為の善悪も顧みることなく、大いなる存在に剣を突き立て続ける主人公・ワンダ。
これは神殺し。
プレイヤーは、彼の大罪に加担しているのだ。
1体1体とどめを刺す度に、何かを引き換えにしているのが感じ取れるものの、
その〈何か〉がはっきりするのは、まだまだ先。
面白い。
けれどもその面白さを味わっている一方で、どこかが疼いているような感触がある。
そして、確かにこのタイトルが『ICO』の血を引いているのが分かる。
オマケの域を超えた“限定スペシャル『NICO』ディスク”はもちろん、
凝りまくったつくりのマニュアルは一見の価値アリ。
September 17, 2005
「ナノ」じゃなくて「ミクロ」。
AMAZONで予約しておいたミクロとコレが到着。
箱を開けての第一声は「うわっ! 小っちゃ!!」。
このファミコンバージョン、マリオ20周年としちゃあ、
これ以上はない感じの記念アイテムだな~。
時期的に、「ミクロ」じゃなくて「ナノ」と
言ってしまいそうになるけれども、それはナイショだ。
August 26, 2005
龍が如く・2
血肉を削ぎながらモノを作っている感じ、
よくも悪くもセガらしいというか…。
人生の裏街道で死線に立つ男×
運命の歯車となる孤独な少女、という構図。
ストーリー的には、『レオン』のような
哀しい幕切れのものになるのだろうか。
舞台となるのは欲望と暴力が渦巻く街「神室町」。『龍が如く』では、歓楽街の雰囲気をゲーム中にリアルに再現しました。神室町には様々なお店が点在し、プレイヤーはアイテムを購入したり、食事をすることにより体力を回復したり、またアミューズメント施設やバッティングセンターで遊ぶことができます。また、「合言葉」でしか入れない謎のお店も……。
ゲーム然とした記号を排していくと、いろんな要素が突如として煩わしいものになってしまう。
やみくもなリアリズムの追求は、ゲームを面白くするどころか、
「クソゲー」の烙印を押されることに繋がりかねない。
食事をすることにより体力を回復したり
こうした試みは、多分にそうしたリスクをはらんでいるわけだが、巧く昇華してくれるだろうか。
まだまだ見えない部分が多いだけに、疑問・憶測も次から次へと…。
セガは『シェンムー』という仇花がありながら、あえてこのチャレンジ。
公式サイトに見られるイメージづくりは、なにしろドスが効いていて、キナ臭さもタップリだ。
得体が知れない中にも感じられるインパクトと、それを未知数な魅力として機能させるパブリシティ展開。
プロモーション下手と言われ続けてきたセガだが、今回はなかなかの健闘ぶりじゃないだろうか。
これは、今後も注目していきたいと思う。
August 25, 2005
龍が如く
題材が極道。その上18禁ときた。
セガ渾身のこのタイトル、
コンシューマ・ゲーム史上で
最大級の冒険じゃないだろうか?
「ゲームはもっと踏み込めないのか」
“遊び”を超えた地平が拓くか?
June 19, 2005
ビツクリマシタ。
テクモのDEAD OR ALIVEが実写映画化。
ストーリーの中心は、ハヤブサとかすみのよう。
海外ウケを意識したら、ニンジャがメインになるわけか。
ハヤブサ役にケイン・濃すぎ、じゃなくてコスギ。
で、かすみ役が…、ゲゲッ! デボン青木!!
これは、意外を超えて衝撃!!
デボン青木といえば、化粧惑星のCMには驚いたモンだ。
吹替えによる「ビツクリマシタ。」のセリフはもちろんこと、
とにかくその《顔》のインパクトがタダゴトじゃなかった。
そういや彼女、桃の天然水のCMにも出てたっけ。
ぼくの場合、DEAD OR ALIVEの使用キャラはジャン・リーとゲン・フー。
かすみというキャラに思い入れはないけど、
もう少しゲーム中のイメージに即したキャスティングが
できなかったものかなぁ。
May 17, 2005
PS3
先日のXbox360発表に続き、
いよいよ大本命・PS3がお披露目。
小憎らしいくらいの余裕綽々っぷりは、
まさしく堂々たる風格といったところ。
素直に言おうじゃないか。
美しいよ! カッコイイよ!! 欲しいよ!!! ダントツにね!!!!
…けれどスペック表を見ただけじゃ、
もはやその凄まり具合がサッパリ分からない。
いやはや、トンでもない時代になったもんだ。
March 17, 2005
ICO
"ICO"と書いて「イコ」。
このゲームのタイトルであり、
主人公(プレイヤーキャラ)の少年の名前でもある。
なにしろ、広大な城が庭園、城内、地下まで含め、
丸々立体的な空間として構築されているところがスゴイ。
そこに生贄としてポーン、と置き去りにされたイコ。
右も左も分からないのはプレイヤーも同じ。
ゲームスタートと同時に、自然にこの世界と同化できる。
イコはなぜかそこに幽閉されていた女の子の手を取り、
一緒に逃げ出すためにいろいろな困難に立ち向かう…。
この女の子、常に手を握っていてあげないと、
勝手にフラフラとイコのそばから離れていってしまう。
それでも、「向こうの狭い足場のスイッチを入れてこないと、
こっちのドアを動かす歯車が回らない」といったシチュエーションに出くわすと、
仕方なく手を離すことになる。
だけど早く戻らないと…。
こうした緊張感と難解な謎解きが、このゲームの主軸。
BGMもほとんどないという静けさの中、
寂寥感がさりげないコワさ(恐怖、とはちょっと違う)を醸し出す。
プレイ終盤になると、やっと脱出の時が近づいてきたにもかかわらず、
それがこの女の子との別れの到来を意味するのではないか
という予感がプレイ中に段々と芽生てくる。
いい映画や音楽を楽しんでいると、「まだ終わらないで!」と思う時があるのだけど、
"ICO"には、それがあった。
ぼくにとっては、この作品があればこそPS2を買ってよかったと言える1本。