May 17, 2007

徒に楽しき夢(PE'Z@長崎DRUM Be-7)

5.17.jpg今年も長崎にやって来てくれたPE'Z。
そうとくりゃあ、馳せ参じないワケにはいきますまいて。
思いがけず前から2列目が陣取れて、ラッキー!
正面やや右に航サン、JAWがその手前やや左。
大山リーダーも近かったけど、ニレはその陰に……。
ヒイズミは、頭から爪先まで見えまくりだったけど。

のっけから"BLANK-DUNK"→"メラリズム"と、
お気に入りの熱っちぃナンバーが続いて、いきなり頭グラグラ。
この2曲の熱さは格別だな、ウン。アチチッチ(←誰も知らねぇって)だ。
つーかやっぱ、今度のアルバムはどの曲も熱っつい!
"新しい日々"、"極"、"THE SPIKER"、"狼少年"、
"パラダイス A GO GO"に、それからもちろん"ハナフブキ"も
(※曲順はメチャクチャ。"我ら五人の侍なり "は、予想通りノリ辛かったけど……)。
CDとライブのギャップに違和感を覚えるなんてことはPE'Zには無縁で、
それどころか「この曲、こんなに盛り上がるっけ?」てなプレイもあって、
新譜の魅力を再発見してみたり。

ホ~ント、楽しかった。
去年とは比べ物にならないくらい、盛り上がったんじゃないかな?
で、しまいには年甲斐もなく跳ね回る、三十路半ばのウチら夫婦。
終わった頃にはすっかり汗びっしょり。膝はカクカク半笑い。
文句なしの大満足なステージだったんだけど、
曲目が全部『起きて寝る』からのものだったんで、
強いて言うと"用心棒"くらいは聴かせてもらいたかったなぁ、と
(欲を言えば、ね。だって前回の長崎公演は、『日本のジャズ』リリース前だったし)。

JAWの雨天対応型角刈りヘア、楽しみにしてます。うふふふふ。
ヒイズミのハンバーグレストランも、オープンが楽しみです。いひひひひ。

「これからも年に一回は来たい」と言ってくれたリーダー。
いやはや、早くも来年が待ち遠しいねぇ!

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 April 18, 2006

PE'Z@長崎DRUM Be-7

4.18.jpg祝・初ワンマンライブ・イン・長崎!
ファンタジーファイブ(笑)ことPE'Zのステージ、
もうメチャクチャに盛り上がって最高だった。
…にしても、婆裸夢遊をリクエストした18歳の少年。
いや~、渋いね~、キミ~
(だけど、個人的にはAmnyが聴きたかったぞ)。

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 August 22, 2005

THE WINDS OF GOD

8.22.gif8/20(土)、どしゃ降りの雨の中、
以前から観たいと思っていた
"THE WINDS OF GOD"を観に出かけた。
何年か前に深夜枠で放送された
映画版を観てからというもの、
いつか舞台版も観てみたかった作品だ。

2005年の現代…東京の街。 いつか「お笑い名人大賞」を取ろうと夢見る売れないコメディアン、アニキとキンタが最後の舞台―ストリップ劇場のステージをクビになったその日、8月1日に交通事故にあってしまう。 そして意識を取り戻した場所が、なんと1945年8月1日、太平洋戦争末期の日本の海軍。 しかも彼らは神風特攻隊員としての前世の姿になっていた。彼らは戸惑い、そして突然、突きつけられた現実を否定しながら、時空の渦に巻き込まれ1945年8月という時を彷徨っていく。 戦争という大儀の前、任務遂行のため命を差し出すことを余儀なくされた若者達。 その中で突然に突きつけられる「死」という現実。 ある者は任務に忠実に、ある者は神に祈り、ある者は心の奥に疑問を抱きつつ、それでも戦いの空に飛び立っていく。 過去と未来の挟間で運命に翻弄され、己の無力さに歯がゆさを感じる。 二人にもついに零戦に乗る日がやってきた。 果たして彼らの運命は―?

冒頭。漫才コンビのアニキとキンタが、ご当地名物を皮肉った笑いで掴みを取る。
そのサジ加減が絶妙で、さすが!と唸らせられるくすぐり具合。
あっという間に会場との一体感を作り出した。

…ように感じたのだけれど(以下、あくまで個人的な感想)。
なぜだろう?
映画版を観た時にはなかった違和感が、ステージと客席に座るぼくとを遠ざけている。
のっけから、力ずくで説き伏せられているような気がしてならないのだ。

そのアニキとキンタ、いざネタに入ると右傾化する日本やら若者の無軌道ぶりを槍玉に挙げるのだが、
三流漫才コンビの設定である二人なら、もっと取るに足らないような笑いに絞った方が、
キャラクターとして不自然になることもなく、より感情移入できたのではないだろうか?
幼さ・あどけなさを残した役どころのキンタを見ていると、特にそうしたジレンマが募っていった。

舞台からは肉声や床を踏む音が響き、フィルム以上の存在感・躍動感によって物語が綴られているにも関わらず、
その違和感は時間が経つごとに増していく。

60年前、この国の一部の人間によってもたらされた「神風」という幻想と、
現実にその風を吹かすべく散っていった特攻隊員たち。
この作品は、浮かんでは消えていった幾多の純粋な願いの片鱗を垣間見せ、
今のこの国を形作る礎となった命の数々に対して
観る者すべてが心の中で掌を合わせずにはおかないだけの力を持っていることは間違いない。
だからこそ、国内外を問わず高い評価を受けていたはずである。

しかし、2001年9月の作品の封印直後に起こったのは、アメリカ同時多発テロ。
それを伝える欧米の新聞各紙には、確かに"KAMIKAZE ATTACK"の文字が踊っていた。

「神風」と"KAMIKAZE"の間にある溝の深さに、作・演出・主演を手がけた今井雅之は、どれほど歯噛みしたことだろう。
その計り知れない悔しさが災いしたのだろうか。
今回の再舞台化版では、作り手側とごく一部の客席とのほんのわずかな距離で
程度の差はあれど念とか情とかいったものがインフレーションを起こしているように思える。
予定を大きく上回る上演時間となったわけだけれど、
どれほどの時間があろうと、送り手の想いはひとつのステージに収まりきらないのだろう。

満席となっていた長崎市民会館文化ホールは、上演後はスタンディングオベーションの渦だった。
しかしぼくは、着席したままステージを見つめ、静かに拍手を送り続けることしかできなかった。
上述のような違和感を抱えたまま…。

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